知る人ぞ知る、富山県の秘湯を紹介

全国各地に点在している温泉、その中でも実は秘湯中の秘湯が勢揃いしている県として、マニアの間でも有名なのが富山県だ。ここにはかの戦国武将が愛したと言われる温泉もあれば、徒歩や自動車では行くことの出来ない秘湯などもある。そんな富山県の温泉事情を紹介する、ここはそんなサイトとなっている。

温泉

湯治を信じるかどうか

温泉を利用する人の多くは湯治を主としている、という人は中々いないでしょう。そもそも現代では医療技術は湯治と比べても格段に進歩していることもあり、温泉の効能がまさか病を本当に治癒する能力はないと、そう思っている人が多いのではないか。筆者は以前、機会もあって湯治について記事を作成したことがある、その時に思ったのは病の種類にもよるものの治そうと思えば直せる可能性は十分にあるだろう、という結論に至った。

ですが一日二日で治るかと言われたらそんなレベルではない、上杉謙信の例からしても数ヶ月掛けて霊泉を使用し続けたからこそ完治できた。問題として挙げられるのは温泉を利用した湯治を行うためには時間的な長さもそうですが、それ以上に定期的な温泉利用をしなければ意味は無いのです。これはどんな小さな病気も例外ではない、数ヶ月単位で温泉を利用し続けていなければきちんとした効果は得られないという。

ただ現代医学の観点からでも、湯治そのものはきちんとした地位を維持しており、効能として効き目があると言われています。そのためやはり障害となるのが期間と距離的な問題が大きい。また癌などの重篤な病気を患っている人には非常に危険な側面があるため、してはいけないと警鐘も鳴らしているため利用できる人と出来ない人にとに分けられる。こうした点を加味すると昔の人達は自身の病が重いのか軽いのか、それさえもわからない状態で湯治を利用していたとなると少しばかり怖くなる。

湯治をしたいと考えても昔と違って医療が格段に進歩しているので、無理に選択する必要もありませんが、中には利用するべきという症状もあるはず。上杉謙信の場合は脚気でしたが、それ以外でこの生地温泉を湯治目的で利用するとなったらどんな症状に最適なのか、ここではその点について考えてみたい。

効能として

まずは生地温泉の効能として、どんな症状によく効くのかを見てみよう。およそ代表的なものばかりといえるが、

  • 筋肉痛
  • 関節痛
  • 冷え性
  • 皮膚病

などの典型的な湯治をするとなったらぴったり適合するものが挙げられます。先に話しましたが、これらの症状を本格的に治したいとなったら、毎日通わなければならない。自宅ではない、この温泉に浸かり続けなければならない、湯治をする上で最大の焦点となります。そのため日帰りなどでも温泉が利用できるかどうか、温泉宿のシステムにも関わってくる。旅館そのもののに数ヶ月単位宿泊し続ける、なんて何処ぞのセレブでもない限り一般庶民には無理な話だ。療養と言っても、あくまで民間両方の意味合いが強いため社会保障などと甘美な助力も機能することはない。

要するに、湯治を利用したければお金がないと出来ませんというわけだ。これが地元民、それも温泉も日帰りで利用できれば湯治の利用も現実味が増すでしょう。つまりだ、東京住まいの観光で訪れてきた人が湯治をしたいと言っても経済的な余力がない限り、残念ながら出来ないのです。

生地温泉は湯治目的ではあまり利便性に優れているとは言えないですが、観光目的で宿泊するだけなら問題ありません。病気を治したければ素直に病院へ通院、現代社会ではこれが一番の無難な選択肢といえるのです。

純粋に温泉を楽しもう

上杉謙信のように自分も脚気を治したい、なんていうのは現代ではあまり効かない言葉でしょう。そもそもこのご時世で脚気になる人は格段に少なくなっている。江戸時代頃、脚気は発症すれば必ず志望するとまで言われていた病気の1つです。つまり一度症状が出れば完治の見込みは無く、待っている結末は誰に対しても平等なものが待ち構えていると言われているほどだった。だからこそ家臣たちはまさに神頼みとして霊験へ願うしか無かったのです。

彼らの願いが成就したのかは分からないが、上杉謙信は受けたお告げを実行して霊泉を利用したことにより奇跡的な回復を果たしている。脚気はビタミンB1などの栄養不足が招く病気だったので、生地温泉を浴び続けた上杉謙信は浴びるだけでなく、飲泉をしていた可能性も出てくる。ここに本来摂取しなければならない栄養分が内含されていて、それを数ヶ月単位摂取し続けたことで体調が改善したと、そう考えることも出来る。

脚気は当時庶民ではなく、貴族たちに蔓延していた病として流行していた。江戸時代には精米された米を食べ続けたがために多くの武士が症状に悩まされていたと、そんな歴史もある。上杉謙信はお告げこそあってとも考えられるが、彼が回復できたのは当時にすれば稀に見る結果だったのです。

現代では流石にそんな危機的な状況に見舞われることなど、よほど危ない事をしていなければ遭遇することもないので、純粋に生地温泉を訪れた楽しむことだけに専念しよう。